教室で、薬を飲む話をしていました。 絵に描かれた薬を見て、正しい組み合わせを選ぶ練習です。
「赤と白の薬を、2つずつ飲みます」
すると、一人がこう言いました。
「この人は頭痛ですね」
何の病気かは、絵には描かれていません。 それで私は、「何の病気かは分かりませんが、赤と白の薬を2つずつ飲むんですよ」と答えました。
返ってきたのが、これでした。
「ずつは、頭が痛いことじゃないですか?」
「ずつ」を「ずつう(頭痛)」だと思っていたのです。
そして、この方は正しい組み合わせを選べていませんでした。
当然といえば当然です。 「2つずつ」の「ずつ」が病名だと思っていたのですから、 いくつ選べばいいのかという情報が、そもそも届いていません。 練習の答えに、はっきり結果が出ていました。
なぜ、誰も気づけないのか
理由が3つ重なっています。
1. 音が、ほとんど同じ
「ずつ」と「ずつう」。違いは最後を伸ばすかどうかだけです。 日本語を学んでいる人にとって、この「伸ばす/伸ばさない」は最後まで残る難しさのひとつです。 「おじさん」と「おじいさん」、「ビル」と「ビール」も同じ仲間です。
2. 意味が通ってしまう
ここがいちばん厄介です。
薬の話をしていました。 その流れで「頭痛」という言葉が出てきても、不自然ではありません。 文として成立してしまうので、本人の中に「おかしいぞ」という感覚が生まれません。
3. 「ずつ」は、意味が薄い言葉
「頭痛」は、意味がはっきりしています。絵にも描けます。だから覚えやすい。
一方で「ずつ」は、それ自体に映像がありません。 数の配り方を示すだけの言葉です。こういう言葉は覚えにくく、 知っている言葉のほうに引き寄せられます。
現場では、数量の指示で起こります
教室でよかった、と思います。 間違った答えを選んだだけで済みましたし、本人が聞いてくれたから理由も分かりました。
ただ、現場で同じことが起きたらどうでしょうか。 「ずつ」は、指示のなかで何度も出てくる言葉です。 そして現場では、間違いの理由まで聞けるとは限りません。
| よく使う言い方 | 取り違えると |
|---|---|
| 2つずつ入れてください | いくつ入れるのか分からない |
| 1本ずつ渡してください | まとめて渡してしまう |
| 少しずつ進めてください | 一度に進めてしまう |
そして、本人は聞き返しません。 分からなかったのではなく、分かったつもりになっているからです。
今日からできること
ひとつだけです。
「2つずつ」と言うかわりに、指を2本立てる。紙に 2 + 2 と書く。 実際に2つ置いて見せる。
数量は、間違えたときに結果がはっきり出るところです。 多すぎる、少なすぎる、まとめて渡してしまった。 だからこそ、言葉以外の手段を1つ足しておく価値があります。
教える側にも、見えていません
最後に、正直なところを書いておきます。
私にとって、これは全然見えていなかった落とし穴でした。 「ずつ」が別の言葉に聞こえているとは、考えたこともありませんでした。
つまり、あらかじめ全部つぶしておくことはできません。 教える側が先回りして、起こりうる誤解をすべて予測するのは無理です。
できるのは、出てきたときに拾える形にしておくことだけだと思っています。 「分かりましたか」ではなく、言ってもらう、やってもらう、見せる。 そうしていれば、こちらが思いもしなかったところで、ちゃんと表に出てきます。